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エッセィ「感じるAI」 Vol.8

骨と人工知能


 人工知能に教えてやらなければいけない、人類の秘密。
 それは、身体にもあった。
 骨の動かし方である。

四肢コントロールの4タイプ

 ヒトの四肢コントロールは小脳が担当している。
 実は、この小脳のコントローラーには4種類あり、生まれつき、どのタイプを使うかが決まっているのである。具体的に言うと、ものをつかんだり使ったり、立ったり歩いたりするとき、四肢のある動物は、腕や脚の骨を回旋させて動きだす。その回旋の中心となる骨が、人によって違うのだ。
 前腕は、人差し指につながる内側の骨(橈(とう)骨(こつ))と、薬指につながる外側の骨(尺(しゃっ)骨(こつ))から成り立っている。脛も同様に、人差し指につながる太い骨(脛(けい)骨(こつ))と、薬指につながる外側の骨(腓(ひ)骨(こつ))から成り立っている。
 これらの二本の骨のうち、内側の骨を優先させて使う人と、外側の骨を優先させて使う人がいるのである(腕と脚は誰もが同じ側を使う)。それは、生まれつき決まっていて、一生、変わらない。
 そして、それぞれに、中指に向かって内旋させる人と、中指から離れるように外旋させる人がいるので、都合4種類の身体制御タイプが出来上がる。
 このうち、薬指や人差し指を、中指から離すように外旋させて動き出す2タイプは、肘をバランサーとして使う。肘を身体から離して、身体のバランスを取るのだ。ペットボトルの飲み物をごくごく飲むとき、肘が上がって、脇が空くのなら、このタイプ。廣戸聡一先生の4スタンス理論ではBタイプと呼ばれている。
 一方、薬指や人差し指を、中指側に内旋させて動き出す2タイプは、肘は、なるだけ身体から離さず、手首をバランサーとして使いたがる。縄跳びは体側に肘をつけたまま跳ぶし、ペットボトルの水を飲みときも、脇は空けずに、手首を使って、ペットボトルをあおる。4スタンス理論では、Aタイプと呼ばれている。

跳びあがる? 後ずさる?

 我が家は、4タイプすべて揃っているので、使いやすい道具がみんな違う。昨年、夫が定年退職して、我が家の洗濯リーダーになってくれたのだが、そのとき、ハンガーをごそっと買い替えた。私が使いやすいものが、彼には使いにくかったから。
 先日は、私がトイレに入っていると知らず、扉を開けたおよめちゃんが、びっくりして真上に跳びあがった。私は大ウケしてしまった。私はBタイプで、薬指につながる腓骨をさらに小指の方へ回旋させるので、当然、驚いた時は後ずさる。しかし、彼女は、Aタイプで、人差し指につながる脛骨を中指に向かって回旋させるため、爪先に力が集中する。とっさに、最速で回旋させると、真上にぴょんと跳ねてしまうのだ。
 漫画では見たことがあったけれど、あんなに見事に跳びあがるなんて…。驚くと後ずさってしゃがみ込む体質の私には、どう想像しても、あの感覚はわからない。漫画の表現は、絶対に嘘だと思っていたのに、目の前にそれをする人がいた…!
 実は、チアリーダーの知人が、チアリーダーにはAタイプが多いと教えてくれたことがある。さもありなん、あんなふうにとっさに真上に跳びあがれる能力は、チアリーダーにはかなりのアドバンテージに違いない。
 逆に、ミュージカル女優の知人は、「大げさに腕を広げ、宙を見上げて愛を伝えたりするミュージカルの世界では、後ずさりが得意なBタイプの女優が多いように見える」と言っている。
 驚いた時のパターンも4種類になる。跳びあがるタイプには、しなやかにぴょんと高く上がるタイプと、硬直して少しだけ上がるタイプがいるし、後ずさるタイプには、しゃがみ込む形に向かうタイプと、身構える形に向かうタイプがいる。
 人に寄り添うAIは、これを知っておいたほうがよいのでは?
 危険な現場で、人をアシストするAIは、「とっさのときの身体の癖」を知っておかないと危ない。跳びあがるタイプと、しゃがみ込むタイプでは、まったく対応が違ってくるはずだ。人間は自身が骨を使っているので、ある程度予想がつく。けれど、AIは、骨を回旋しながら生きてはいないのだもの。

師匠は選ばなければならない

 人間は予想がつくと言いながら、師匠を間違うとたいへんなことになる。
 知人のソムリエが、「師匠のソムリエナイフさばきを真似できる人は、習ってすぐにできる。できない人は、いつまでもできない。自分独自のやり方を開発するしかないの。あれってなんだろう」と言っていたが、さもありなん。
 ワインボトルの口まわりにナイフを当てて、手首でくるっとなぞるしぐさは、前腕骨の旋回を最大限に使うので、手首タイプと、肘タイプでは、回す角度も、折り返すタイミングも大きく違ってしまう。もしも、ナイフの握り方や、手首を返す位置なんかを厳しく限定されたら、師匠と反対のタイプの弟子には、絶対に抜栓できない。
 私は、ダンスを42年踊っているのだが、かつて、タイプの違う動きを強要されて、肩と背骨を故障した経験がある。
 もしも、師匠の指導通りに身体が動かないのだとしたら、明らかにタイプが違う。「私の身体にはなじみません。別のアイデアをいただけませんか」と聞いてみて、聞き入れてもらえないようなら、指導者を変えたほうがいい。

介護ロボットが知っておかなくてはならないこと

 さて、AタイプとBタイプ、「お姫様抱っこ」の仕方も違うのである。
 Aタイプは、肩と腰が可動域(動かしやすい場所)、みぞおちと膝が不可動域(動かしにくい場所)である。Aタイプの女性を抱き上げるとき、みぞおちと膝に腕を入れると、まるで板のよう軽々と持ち上げられる。ところが、肩と腰を持つと、ぐにゃりとして、水の入った袋のように重くて、重心が定まらない。女性自身も不快だし、抱き上げた姿が美しく見えない。
 逆にBタイプの女性なら、肩と腰を持たないと悲惨なことになる。不可動域を持てば、ふくよかな女性でも軽々と揚げられるものを、可動域を持ったら、やせた女性でも無理。男性なら、覚えておいた方がいい。
 介護で、寝がえりを打たせるときも、もちろん一緒。可動域を使うと、重くてなかなかひっくり返せないし、介護される側もつらい。痛みのある人なら、痛みが倍増する。介護ロボットには、「絶対に」教え込まないといけないことだ。

運転アシストAIが知っておかなくてはならないこと

 これに加えて、男女の腕の伸ばし方も違う。
 胸骨と腕をつなぐ鎖骨(さこつ)の関節は、伸縮して腕を伸ばす機能と、回転して腕を回す機能がある。実は、この2機能の優先順位が男女で違う。女性は腕を伸ばす方を優先し、男性は回転させる方を優先するのである。
 自動車や工作機などの運転アシストをするAIは、骨の動かし方の4タイプに加え、男女の区別する必要がある。ハンドルの握り方やとっさの時の荷重は、それぞれに違うはずだから。
 AIが知るべき人間の秘密は意外に多い。人間さえも気づいていないことの中に、それはある。

つながりVol.38、春号(2021年4月発行)掲載記事より