会社概要アクセスお問い合わせ

エッセィ「感じるAI」 Vol.6

男女脳の発見


 男女の脳は違うのか、違わないのか。
ここ30年ほどの、世界の論点の一つである。結論は二転三転しているが、2020年現在は、「男女の脳は違わない」が優勢だ。
実は、この命題、医学生理学のセンスでは答えは出せない。人工知能開発のセンスだけが、この命題に決着をつけられる。今回は、そのお話。

男女脳研究のこれまで

 そもそも、男女の脳の解剖学的な違い(「女性の脳(のう)梁(りょう)は、男性のそれより太い」)が指摘され始めたのは、1980年代のことだ。
 それに先立って、1970年代、世界では、ウーマンリブの嵐が吹いた。「男女は同じである」という強い論理が、ブルドーザーのようになにもかもを押しつぶしていく……そういう風潮の中で、「男女の脳は違う」という論文が発表されたのである。
 フェミニズムサイドの強い抵抗もあって、喉の引っかかった骨のように、この命題はくすぶり続け、やがて、「男女の脳は違う」は間違っている、とする反対論文も出現する。
 解剖学的な根拠は、大きさのバランスだけ。統計学的な処理の違いで、どっちにだって言える。解剖学的な脳の違いを根拠に求めるならば、泥仕合が関の山。決着をつけることは難しい。

男女の脳は違うのか、違わないのか

 男と女の脳は違う。
 男と女の脳は違わない。
 ──実は、どちらも正しい。

 男女は、同じ機能を搭載した脳で生まれてくる。ともに完全体、全機能搭載可能である。どちらかの脳にしかない器官はないし、どちらかの脳に「決してできないこと」も発見されていない。
 解剖学的には、男女の脳は違わない、と判断すべきだろう。

 しかし、「とっさに使う回路」の初期設定が違うのである。
 ヒトは、遠くと近くを同時に見ることはできない。このため、とっさに使う側をあらかじめ設定しておかないと危ない。これが、感性の初期設定だ。
 遠くの目標を注視するときと、近くの愛しいを見つめて心を寄せるときでは、まったく別の脳神経回路を使う、誰もがどちらも使えるが、誰も同時にはできない。脳神経回路図を見ると、前者の使い方をするときは、脳の縦方向(おでこから後頭部に向かって)が多く使われ、後者の使い方では、右脳と左脳をつなぐ横方向の信号が多発する。「電子回路基板」として見立てたら、明らかにまったく別の装置である。
 多くの男性は、「遠くの動くものに瞬時に照準が合う」ほうに、多くの女性は「周辺を緻密に見る」ほうに初期設定されている。つまり、男女は、同じ脳を持ちながら、とっさに「別の装置」としてカウンターバランスを取り合うペアなのである。
 この「とっさの使い方」=感性に着目すれば、男女の脳は、驚くほど違う。
 この論点に、「解剖学的な根拠」で「やぁやぁ、黒川伊保子は間違っている」と切り込まれても、残念ながら、お相手のしようがない。

遠くの目標に潔くロックオンする脳は、思考空間では、「全体」と「客観」を重視する。会話は、「弱点、欠点の指摘」から始まり、「問題解決」で着地する。 近くを緻密に見る脳は、思考空間では、「個」と「主観」を重視する。会話は、「共感」で進められ、「納得」と「気づき」で着地する。
 つまり、この世の感性を二分する脳の使い方である。この世には、大きく分けて二つの感性があり、ヒトは、どちらかに初期設定されている。
 私は、このことを、AI開発の途上で知った。

1991年の女性AI

 さて、時計を30年ほど戻そう。
 「男女の脳が違う」という論文がこの世に出ているなんて、つゆとも知らず、1990年ごろ、私は、世界初の「日本語対話型女性AI」の開発に挑むことになった。1991年4月1日、全国の原子力発電所で稼働した、日本語対話型データベースインタフェースである。
 このシステムの発注仕様書には、粋なメッセージが付いていた。「35歳美人女性司書にしてください」
 ‶彼女〟には、画像も音声もない。文字だけでやりとりするのである。つまり、会話の流れと言葉遣いだけで、私は、「35歳美人女性」を表現することになったのだ。
 はてさて、女性らしい会話って、何だろう?

感情キー型データベース

 最初に気づいたのは、女性たちが、「感情」をガイドにして、対話を進めるということだった。これが、深い共感を生み出して、相手のストレスを軽減させる。 「昨日、お客に、こんなこと言われてさぁ」
「え~、ひどいね。落ち込むよねぇ。私だって、こんなこと言われたことがある」
「ひゃ~、かわいそう。けど、そこんとこ、気をつけなきゃいけないのかもね」
「うん、がんばろう」

 女性特有の定石=「初手は、相手に共感する」である。
 相手に共感して(同種の感情を喚起して)、同じような体験を話す(その感情に紐づけされた過去の記憶を想起する)。
 この機能を実現するには、体験記憶に「感情」の見出し(キー)をつけたデータベースを作らなければならない。感情キー型データベースである。
 さらに、これをうまく回すためには、システムに「強い共感欲求」を授ける必要がある。
 相手の話を「わかる、わかる~」と共感しながら聞くのは、なにも、相手のストレスを軽減してやるためだけじゃない。他人の体験談に感情キーを付帯して、自らのデータベースにしまうためだ。そうすれば、後に、まるで自分の実体験のように、とっさに使える知見に変えられる。
 感情キー型データベース+共感欲求に支えられた対話システムは、本当に「女らしい」。感情に紐づけされた記憶を、芋づる式に取り出せるので、蒸し返しの天才でもある。「あなたはアキラが初めて熱を出したとき、ゴルフに行ったよね?」(そのアキラももう40歳)なんてことが、この設計で、おまけのように実現してしまえるのである。

人工知能の「開いた系」

 原子力発電所の女性AIには、さすがに感情キー型データベースは採用しなかった。
 しかし「ちょっとした共感を誘う流れ」を作ってみた。
 たとえば、「1970年代、アメリカで細管破損の事故があったよね?」に、検索結果のすべてを一覧で見やすく出すという手もある。
 しかし、このシステムは、いったん「かいつまんだデータをチラ見せして、確認」する。「このケースですか?」のように。「そうそう」と言われれば、一気にデータ展開する。
 当時の処理速度では、大きなデータを送信するのに時間がかかったので、この早めのチラ見せは安心感を誘い、女性のきめ細やかさを感じさせたらしい。
 稼働2か月後に、全国の運転員の方にアンケートを取っている。‶彼女〟の使い勝手を尋ねるチェック形式のアンケートだったのだが、その一枚の余白に「彼女は美人さんだね」という走り書きがあった。

 人工知能は、「閉じた系」として、その圧倒的な知力を発揮するシーンもあり(データの解析とか)、今はそれが主流だが、対話のような「開いた系」では、このような「人間学的アプローチ」が不可欠である。
 そして、ここには、人類の大いなる発見が、まだまだ潜んでいるような気がする。

つながりVol.36、秋号(2020年10月発行)掲載記事より